USA TODAYの記事と写真
ニューヨーク在住、かっぱさんに教えていただいた記事です。
ポーズといい、写真のスタイルといい、オシャレで素敵です。およそ40日の稽古場+舞台での稽古、まだまだプレビューは先のこと、と思っていたら、もう9月も終わり。プレビュースタートまで11日となってしまいました。
全体的にシェイプアップ、ブラッシュアップして、素晴らしいステージになっていますように。
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ニューヨーク在住、かっぱさんに教えていただいた記事です。
ポーズといい、写真のスタイルといい、オシャレで素敵です。およそ40日の稽古場+舞台での稽古、まだまだプレビューは先のこと、と思っていたら、もう9月も終わり。プレビュースタートまで11日となってしまいました。
全体的にシェイプアップ、ブラッシュアップして、素晴らしいステージになっていますように。
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フラウ・ブルッハー役、アンドレア・マーティン、インタビュー
アップルゲート、フィッツジェラルドに次いで、アンドレアの登場です。
迫力のあるブルッハーになりそう。
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インタビューシリーズとして、プリンシパル順番に話を聞いてゆくようです。
トップバッターは、ケンプ警部とさみしい隠遁者を演じるフレッド・アップルゲート。合間にちょこちょこ舞台映像も入っています。
全員のインタビューが揃うのが楽しみです。
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今更ながら、ネタバレです。
映画版で「ブルッハー」という言葉が発せられるたびに、馬が「ヒヒヒーン!」といなないて前足を上げる、というギャグがあります。理由がわからなくてもおかしいのですが、これについては、上映開始当時からいろいろな説が飛び交っています。
1)「ブルッハー」がドイツ語で「のり」の意味であり、「のり」は馬の皮を使った「にかわ」のことだから馬がおびえる。
2)「ブルッハー」にはなんの意味もないが、単に、ブルッハー女史が「恐ろしい凶兆を持つ女性」であることに馬が気づいているという描写。
の二つが、代表的な意見です。
メル・ブルックス当人の発言などを見ると、1)と2)を合わせたものが正解に近いのかもしれません。ブルックスはアマゾン・コムのインタビューで、
「撮影当時、ブルッハーはドイツ語でのり(にかわ)を意味すると聞いて、それは面白いからそのまま採用した。でもそれが本当かどうかは知らない」
と発言しています。そして「ブルッハー=ドイツ語のにかわ」は、完全なるデマです。「そのまま」というのは、おそらく、ジーン・ワイルダーが書いた最初のドラフトに載っていた、ということでしょうか?
まず「ブルッハー」という言葉の響きが面白い、というのは最大の前提でしょう。コメディに於いて「言葉の面白さ」は大変重要です。「1934年と1931 年、どちらがより面白いか」を話し合うようなカンパニーですから「ブルッハー」の面白さは、出演者およびスタッフのからだにしみこんでいるでしょう。
次に、映画版をお持ちの方は見直していただきたいのですが、メル・ブルックスが語るとおり、「ブルッハー」「ヒヒヒーン!」の流れの直後、フラウ・ブルッハーは、なんとも言えない、屈辱、惨めな、けれどそれらの思いをかみ殺した表情を見せます。
まず、フラウ、という言葉の意味を知らなくてはなりません。ドイツ語で「Mrs.」を表します。この映画のフラウ・ブルッハーは、いでたちから話し方まで、すべて「長く独身を通し、城の主に仕えつくすことを人生としている女性」に見えるように設定されています。
つまり、下世話な話ですが、フレデリックとの対面の時期に於いて、色恋沙汰とは無縁に見える女性です。
そして、さらに下世話な話に落ちきりますが「馬並み」という表現があるように、馬とセックスは切っても切れない関係が。
その馬が、恐れるフラウ・ブルッハー。物語中盤で、フラウ・ブルッハーとフレデリックの祖父の関係が明らかになりますが、そのころ、どんなに「熱い二人」だったのか、を忍ばせる部分でもあります。
が、これはすべて、見る人の想像にゆだねられています。
“「ブルッハー」がドイツ語で「のり」(にかわ)を意味するから馬が恐れる”
という説だけは、間違いなく都市伝説です。
そして、みんなが城に入ってしまったあと、アイゴールがいななき続ける馬にむかって、
「しずまれ! しずまれ! 靴(shou)と韻を踏むものばなんだ?」(答えは「glue」=にかわ)
と叫ぶと馬が静かになる、というシーンが古いバージョンの台本にありますが、本編ではカットになり、現場でのマーティ・フェルドマンのアドリブであった、一度外に戻ってきて一言「ブルッハー」と言って馬をいななかせる、というシーンに変わっています。
ゆえに、馬とにかわ、という関係が皆無ではないけれど、「ブルッハー」自体は「のり」とは関係ない、音が面白いので、ブルッハーという音自体に馬がおののく、でも裏には、わかる人だけわかる、勝手に解釈する人にだけ解釈できる部分がある、というあたりが、現在の落ち着きどころです。
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Roger Bart does ‘Young Frankenstein’ (that’s pronounced ‘Fronkensteen!’)
極端なタイトルを付けてしまいましたが、いま、クラシックの名作から、新しい舞台を、新しい役を、生み出すために、生まれるために、とことん集中している人たちがいるのだ、と、改めて実感させられました。いいも悪いもない。賞賛も批判も耳に入れている場合じゃない。
Roger Bart sings, dances and laughs maniacally as Dr. Frederick Frankenstein in the musical version of Mel Brooks’ “Young Frankenstein” on Broadway, but don’t try to tell him if he’s any good. Bart hasn’t read any reviews about his starring role, and he’s keeping it that way.
今はそういうときなのだ、と、改めて思いしらされました。
繊細なひとだから、何も言ってはいけないのだけど、心の底から、がんばって。がんばって結果を出せる人だから。そう強く信じて、疑ったことはありません。読まれる心配はないから、ここに日本語で書きます。
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役者のプロフィールもバージョンアップ!
写真やビデオも増えてゆきそうです!
ただ…ビデオを見るとき、背景の音声がかなり邪魔なんですけど…
それでもいいや、って感じで何回も見てしまいました。
メル・ブルックスのインタビュー。
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シアトルのトライアウトが終了しました。
キャストとスタッフは、ニューヨークに移動して、稽古場で一ヶ月あまり。
そして10月11日、ヒルトン劇場のプレビューが始まります。
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最後の2ステージ、全キャストが目一杯爆発して、セットや特殊効果に負けずに輝いてくれますように。
これから約一ヶ月の稽古を経て、ヒルトンのプレビューではどんな舞台を見せてくれるのでしょう。
楽しみです!
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以下の記事は、This story appears in the August 20, 2001 print edition of U.S. News & World Report.
要約翻訳による間違い等、文責はnegiにあります。この文章を読むと、メル・ブルックスのとことん常識を覆して人間の本質に迫ろうとする根性、そして、人を傷つけることへの繊細さが感じられます。
原文はこちらです。誤訳や解釈の間違い等、文責はnegiにあります。
本文はこちら。メル・ブルックスや周辺の人々の発言を要約してみます。
メル・ブルックスは言う。
「箱 (演題)の上に立って独裁者と議論を交わしても絶対勝てない。連中は手練手管にたけているから、言い負かして自分の側にひっぱりこむ。しかし、奴らを笑い ものにしてしまえば、笑い飛ばしてしまえば、連中は勝てない。笑い飛ばせば、どんなに連中がいかれてるかを世界に見せつけることができるんだ」
『春の日のヒトラー』の冒頭を見たオープニングナイトの観客が怒って席を立つとき、「最低! この悪趣味についてお話ししましょう」と言いながら去ってゆく。「お話しする」だけなのである。これこそ、メル・ブルックスが一番描きたかった人々である。
「世の中には常に聖人ぶりたがる人たちがいるものだ。たとえば『わたしはこんなに貧乏なユダヤ人を気にかけてるのよ、あなたは気にかけてないでしょ』などとね」
「収容所をこの目で見たわけではない。でも難民の大行列は見た。みんな飢えていた。おぞましいことだった」
メル・ブルックスは考えた。本当の“チャリティ”とは何なのか。“善意”とは何なのか。
「怒りが募れば募るほど、メル・ブルックスは面白いことを考えられる」
(カール・ライナー/映画監督、脚本家)
「彼は皆が思いつきもしない突拍子もないことを言う。しかもそれがまったくの事実なんだ。ブルックスの成功は、大衆文化が“おきれいごと”を並べていることに人々が大きな不満を持っていたことを証明した」(フランク・リッチ/ニューヨークタイムズの批評家)
しかし、ブルックスは、股間を蹴り上げるようなえげつないギャグだけをエスカレートさせようとしているのではない。
「時と場合はわきまえているつもりだ」(メル・ブルックス)
黒人保安官を主人公にした『ブレージング・サドル』の制作中、「この状況で“Nの言葉”(黒人を蔑視した呼び方)を使って大丈夫か? 度が過ぎていたら教えてくれ」と、ブルックスは共同執筆者である黒人のライター、リチャード・プライアーに全幅の信頼を寄せていた。
同じく、『プロデューサーズ』執筆中、ブルックスは「Broadway Producers」に掲載されるゲイの作家仲間の記事を熟読した。ゲイの仕草として手首をクネッ、とさせるギャグなどが、笑える範疇であり、決してゲイの人々を傷つけることがないように、と意識して。
ブルックスはコメディによって、人間のおぞましい部分をあからさまにしつつ、それによって傷つく人がいないように心を配った。
「タブーなんてものはない」
ブルックスが(2001年の時点で)最も爆笑をとったのは、1950代にヒットした"Your Show of Shows"の1シーンだという。ある男が父親の遺灰をイーストリバーに流してやろうとするが、風向きのために丸ごとかぶってしまう、というシーンだ。
「お父さんはどこにいるの?と聞かれたら「79丁目のランドクリーナー」と答えるしかない」
(negi注・遺灰を流そうとしてかぶってしまう、というシーンは『逆転人生』の中でも使われている。また、直接関係あるかどうかわからないが『デスパレートな妻たち』のワンシーンで、イーディーがスーザンにフーバーさんの遺灰をぶっかけてしまい、「フーバーさんを洗い流さなきゃ」というシーンがあったが、もしかするとこのシーンにインスパイアされた可能性もある。)
【メル・ブルックス】
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YouTubeに、メル・ブルックス、ロジャー・バート、メーガン・ムラーリのインタビューや、バックステージの紹介などが。後半はすでにアップされているビデオです。
インタビューももちろんのこと、バックステージ紹介も素晴らしい! モンスタークラスのステージがどんな風に作られているか、興味深い紹介です!
あっ、あっ、あっ…アイゴールがかわいいっっっっ(爆)!
バックステージとはいえ、動いてしゃべるアイゴールを見て、改めて、「ああ、ロジャー・バート、博士でよかった…」と思いました。アイゴール、絶対ウケる。かわいい。魅力のある役。クリスは若いし、彼だけの素敵で特別なアイゴールを作ってくるでしょうが、既に、ハーレクイン、スヌーピー、極端なゲイの内縁の妻、など、「変わった」役をやりつくしたロジャー・バートがアイゴールでは、あまりに軽々と演じてしまえる役。役から見ても演者から見ても、どちらにももったいない。ここは若いフィッツジェラルドにまかせて、ロジャー・バートが命を吹き込んだ博士が見たいです。
He's alive!
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以下の記事は、This story appears in the August 20, 2001 print edition of U.S. News & World Report.
要約翻訳による間違い等、文責はnegiにあります。この文章を読むと、メル・ブルックスのとことん常識を覆して人間の本質に迫ろうとする根性、そして、人を傷つけることへの繊細さが感じられます。
原文はこちらです。誤訳や解釈の間違い等、文責はnegiにあります。
本文はこちら。メル・ブルックスや周辺の人々の発言を要約してみます。
メル・ブルックスは言う。
箱 (演題)の上に立って独裁者と議論を交わしても絶対勝てない。連中は手練手管にたけているから、言い負かして自分の側にひっぱりこむ。しかし、奴らを笑い ものにしてしまえば、笑い飛ばしてしまえば、連中は勝てない。笑い飛ばせば、どんなに連中がいかれてるかを世界に見せつけることができるんだ。
『春の日のヒトラー』の冒頭を見たオープニングナイトの観客が怒って席を立つとき、「最低! この悪趣味についてお話ししましょう」と言いながら去ってゆく。「お話しする」だけなのである。これこそ、メル・ブルックスが一番描きたかった人々である。
世の中には常に聖人ぶりたがる人たちがいるものだ。たとえば『わたしはこんなに貧乏なユダヤ人を気にかけてるのよ、あなたは気にかけてないでしょ』などとね。
収容所をこの目で見たわけではない。でも難民の大行列は見た。みんな飢えていた。おぞましいことだった
メル・ブルックスは考えた。本当の“チャリティ”とは何なのか。“善意”とは何なのか。
怒りが募れば募るほど、メル・ブルックスは面白いことを考えられる。(カール・ライナー/映画監督、脚本家)
彼は皆が思いつきもしない突拍子もないことを言う。しかもそれがまったくの事実なんだ。ブルックスの成功は、大衆文化が“おきれいごと”を並べていることに人々が大きな不満を持っていたことを証明した。(フランク・リッチ/ニューヨークタイムズの批評家)
しかし、ブルックスは、股間を蹴り上げるようなえげつないギャグだけをエスカレートさせようとしているのではない。
時と場合はわきまえているつもりだ。(メル・ブルックス)
黒人保安官を主人公にした『ブレージング・サドル』の制作中、「この状況で“Nの言葉”(黒人を蔑視した呼び方)を使って大丈夫か? 度が過ぎていたら教えてくれ」と、ブルックスは共同執筆者である黒人のライター、リチャード・プライアーに全幅の信頼を寄せていた。
同 じく、『プロデューサーズ』執筆中、ブルックスは「Broadway Producers」に掲載されるゲイの作家仲間の記事を熟読した。ゲイの仕草として手首をクネッ、とさせるギャグなどが、笑える範疇であり、決してゲイ の人々を傷つけることがないように、と意識して。
ブルックスはコメディによって、人間のおぞましい部分をあからさまにしつつ、それによって傷つく人がいないように心を配った。
タブーなんてものはない。
ブルックスが(2001年の時点で)最も爆笑をとったのは、1950代にヒットした"Your Show of Shows"の1シーンだという。ある男が父親の遺灰をイーストリバーに流してやろうとするが、風向きのために丸ごとかぶってしまう、というシーンだ。
お父さんはどこにいるの?と聞かれたら「79丁目のランドクリーナー」と答えるしかない
(negi 注・遺灰を流そうとしてかぶってしまう、というシーンは『逆転人生』の中でも使われている。また、直接関係あるかどうかわからないが『デスパレートな妻た ち』のワンシーンで、イーディーがスーザンにフーバーさんの遺灰をぶっかけてしまい、「フーバーさんを洗い流さなきゃ」というシーンがあったが、もしかす るとこのシーンにインスパイアされた可能性もある。)
【メル・ブルックス】
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トリビアより)
http://www.imdb.com/title/tt0072431/trivia
1931年のオリジナルである『フランケンシュタインの怪物』と同じセットや道具が多数使われている。(negi注・特に実験室の小道具、大道具はかなり昔の者が使われている)
The film was shot with many of the same props
and equipment as the original Frankenstein (1931).
城に向かう馬車のシーンで聞こえる狼の遠吠えは、メル・ブルックスの声である。
The howling wolf sound on the ride to the castle
was made by director Mel Brooks.
フランケンシュタイン博士が地下室への階段を下りるシーンに、メル・ブルックスそっくりのガーゴイルの像がある。
When Dr. Frankenstein descends the stairs into the basement,
there is a gargoyle on the wall made to look like Mel Brooks.
小道具担当アシスタントCharles Serlinの名が、三番目の脳の持ち主の名前として記されている。
The assistant property master's name (Charles Serlin) in on the third brain on the shelf.
映画の冒頭、大時計は13回鳴っている。
The clock chimes 13 times at the beginning of the flim.
博士がトランシルバニアに向かう列車の中で英語で言い合いをしているカップルは、次のシーンでドイツ語で同じことを言い合っている。
A couple, who is talking on the train near the beginning of the film,
has the same conversation in English, then in German.
フレデレックが投げるダーツが大きくはずれて猫に当たる、というギャグは撮影中に生まれたアドリブだった。猫の声はメル・ブルックスである。
The idea of Frederick's dart hitting a cat was ad-libbed on the set.
When Gene Wilder threw his dart off camera, Mel Brooks yowled.
モンスター役ピーター・ボイルは盲目の隠者にスープをもらうシーンで、ヒザの上にこぼれたスープの熱さから身を守るためのパッドをヒザの上に置いている。また、葉巻のシーンでは、アルコールをしみこませた指の模型をはめている。
For the Blind Man scene, Peter Boyle had a hot pad on his lap
to protect him from the spilled soup. And he had a fake thumb
with alcohol on it for the thumb-lighting scene.
盲目の隠者(ジーン・ハックマン)の最後の台詞「エスプレッソをいれようと思ってたのに」はジーン・ハックマンのアドリブである。
The Blind Man's parting line "I was gonna make Espresso"
was ad-libbed by Gene Hackman.
最初の上映では、ジーン・ハックマンの名前はクレジットに入っていなかった。
Gene Hackman was not credited when the film was first released.
アイゴールの背中のコブが移動するのは、マーティ・フェルドマン発案のギャグだった。彼は数日の間、コブの位置をいろいろと変えた。出演者たちがやっとそれに気づいたとき、それは脚本に採用された。
The shifting hump on Igor's back was Matry Feldman' gag.
He had been shifting the hump back and forth for several days.
When cast member finally noticed, it was added to the script.
アイゴールが持ち帰るべきだった脳の持ち主として「ハンス・デルブルック/科学者して敬虔なるキリスト者」と記されているが、実在するハンス・デルブルックは19世紀ドイツの軍事歴史研究者でベルリン大学の教授であった。技術的困難と、戦争と政治、経済の関係性を乗り越えたことで知られている。息子のマックス・デルブルックは20世紀にノーベル賞を受賞した生理化学者である。
The brain which Igor is sent to steal is labeled
"Hans Delbruck, scientist and saint."
A real-life Hans Delbruck was a nineteenth-century German military historian
and professor at the University of Berlin, notable for going beyond
technical problems and linking warfare to politics and economics.
His son Max was a twentieth-century biochemist and Nobel laureate.
"Puttin' on the Ritz"のシーンで、モンスターがなんと言うべきか、カメラを回すまで誰もわからなかった。ピーター・ボイルが"Pu'in' on the Reeeez!"と叫んだ。
When they started to film the "Puttin' on the Ritz" scene,
no one was sure what the creature sholuld say.
The first time out of the gate, Peter Boyle came up
with his strangled version: "Pu'in' on the Reeeez!"
すべての撮影を終わり、ほぼ完成したとき、キャストと、特にメル・ブルックスが、この撮影が終わってしまうことを惜しみ、追加シーンを作って撮影した。(negi注・これはもしかすると、会社とのトラブルへの抵抗として撮影した、DVDの特典として入っている、キャストのブルックスが歌いながら階段を下りてくるシーンのことかもしれないが未確認)
The cast and especially Mel Brooks had so much fun and were so upset
when principal photography was almost completed,
that Mel added scenes to continue shooting.
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